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paganini_caprice_no_24


弾き人知らず



女性ならではのしなやかなタッチと、正確な安定した演奏でございます。

名前がわからないのが残念ですね。中国?









Eliot Fisk



速いです。そして大御所ですね。




Su Mengさん



体格にあわせて音の厚みも出てきてまいります。



Paganini Caprice 24 on the Cello



チェロですね。鮮やかです。





バイオリンで


なんか残響が良いですね。




Vanessa Mae - Caprice (Paganini)


ロックアレンジです。

ヴァネッサ=メイはいつもアレンジが面白いです。

テクニック的にはたまに厳しい評価を受けているようですが、そんなの関係無く、CD何枚も日本で販売されていない時に買ってしまいました。







荒々しいエレキでの24番



走りすぎじゃなくて(おちょうふじん)?





番外編

ジェイソンベッカーの5番


映画クロスロードのヴァイの5番でわざと間違えるのが下手なシーン



頑張ってます


Stairway to Heaven






まぁ、古典、ですな。





Stanley Jordan plays "Stairway to Heaven"




15年前、みんなで頑張ってみましたが、誰一人できませんでした。
スタンリージョーダン、すげ~~な~~~って。




Dave Grohl - Stairway To Heaven




人間にはユーモアが必要だと思いました。



Frank Zappa - Stairway To Heaven - Cleveland 3/5/88





Gregorian - Stairway To Heaven LIVE in PRAGUE feat. Violet



Ah~~~Ah~~~~~


Heart - Stairway To Heaven



おなごはええのうぅ・・・




結局本家たち









『天国への階段』(てんごくへのかいだん・Stairway to Heaven)はイギリスのロックグループ、レッド・ツェッペリンの代表曲。ジミー・ペイジとロバート・プラントとによって作詞作曲された。1971年に発表され、以後ロック史上最高の名曲の一つとして広く愛聴されている。レコードでの演奏時間は約8分。

目次 [非表示]
1 来歴
2 構成
3 歌詞
4 レコード
5 ステージ・パフォーマンス
6 影響と評価
7 参考文献
8 外部リンク


来歴
ペイジは早くも1970年中に、「静かに始まって徐々に盛り上がってゆく長い曲」という言葉でこの曲の構想を明らかにしている。一部の推定では、同年春、ペイジとプラントとがウェールズのコテージ、ブロン・イ・アー (Bron-Yr-Aur)に滞在中にこの曲のアイデアを得たとしている。具体的な作曲作業は1971年初め、彼らが4枚目のアルバム作成のために合宿した、ハンプシャーの古邸宅ヘッドリィ・グランジ (Headley Grange)で進められた。ペイジが提示したコード進行をもとにジョン・ポール・ジョーンズとともにベーシック・トラックを作成。リハーサル中にプラントは次々と歌詞を書き上げた。最終的なレコーディングはロンドンのアイランド・スタジオで行なわれている。


構成
『天国への階段』はイ短調、4/4拍子、三部構成の曲である。第一部はアコースティック・ギターのアルペジオとリコーダーとで演奏される静かなパート。12小節からなる序奏の後、ヴォーカルが4小節の小楽節からなる美しいメロディーを四度繰り返し歌う。第二部ではリコーダーが退いてエレクトリック12弦ギターとエレクトリック・ピアノが加わり、コードおよびアルペジオを利用したリフを奏でる。この間、ヴォーカルは第一部と同じメロディを四度繰り返し歌う。第二部の後半からはエレクトリック・ベースとドラムスとが加わり、ヴォーカル・メロディーも新しいものとなるが、ギターとピアノとは前半と同じリフを繰り返し演奏する。かくて次第に音量を増した曲は、いったん全休止した後、クライマックスの第三部に入る。第三部はそれまでの牧歌風の雰囲気から一変して激しいハードロック風の演奏となり、12弦ギターによるファンファーレ風の序奏に導かれてペイジが美しいギター・ソロを演奏し、続いてプラントが高音のシャウトを聴かせる。最後の4小節に至って曲は急激に速度を緩めるとともに沈静化し、プラントの独唱で静かに結ばれる。
曲全体のおおまかな印象は「延々と続く繰り返し」であり、単一の要素を繰り返しながら次第に楽器数が増えてクライマックスに至る構成は、ラヴェルのボレロがそうであるように、広い意味での変奏曲に似た構成だと考えることができよう。ただ、仔細に見るならば、

第一部と第二部とでは伴奏のパターンが異なる。しかしヴォーカルのメロディーが同一なので連続的に聞こえる。
第二部の前半と後半とではヴォーカルのメロディーが全く異なる。しかしギターとピアノとによる伴奏のパターンが同一なので連続的に聞こえる。
第三部はそれ以前の部分とは全く曲想が異なる。しかし第一部で提示された「Am/G | Fmaj7」または「C/G | Fmaj7」という2小節単位のコード・パターンが繰り返し用いられているため連続的に聞こえる。
というふうに、漫然と繰り返しているのではなく、曲の進行とともに新しい要素を導入しつつ一貫性を保つための工夫が為されていることが知れる。
また曲全体が、進行とともに徐々にディナミークが増してクライマックスに至るように構想されており、聴覚上の印象として緊迫感を醸成している。
さらに最後に速度を緩める直前まで、曲全体が大きなアッチェレランドで演奏されている(冒頭部では♩=72程度の速度であったものが、終結間際には♩=120近くにまで達している)。ペイジの証言によれば、これは自然にそうなったのではなく、曲の緊張感を高めるために意識的に行なったことであるという。
以上を要するに、単純な繰り返しによって作られているようでありながら、細やかな配慮を加えることによって「繰り返しのたびに緊張感が高まってゆき、やがて雄大なクライマックスに至る」といった見事な効果を生んだものと評することができよう。


歌詞
プラントによって書かれた歌詞は34行から成り、大部分が4行で1連を成している。ところどころで脚韻を踏む。ほぼ1連ごとに内容・視点が変わり、全編を通じて一貫した内容があるかどうか判定しがたい。全くのナンセンス詩と考えることも可能である。
仮に一貫した内容があるものとして解釈するなら、冒頭部に「輝くものは全て黄金だと信じる淑女 (lady)」が登場し、最終連でこの淑女が「万物が黄金に変わる」ことを人々に示す。また中盤で「調べ (tune)」という単語が現れ、最終連で「懸命に耳を傾けるならあの調べはついに我々を訪れる」と歌われる。以上の点からして「調べ」=「音楽」こそが万物を黄金に変える力を持つのだ、と歌っているものかと思われる。
なお、この歌詞は当時プラントが読んでいたLewis Spenceの『Magic Arts in Celtic Britain』から影響を受けており、この本から借りた語句が散見される。


レコード
『天国への階段』は1971年11月、レッド・ツェッペリンの4枚目のアルバム(無題。以下便宜的に「レッド・ツェッペリン IV」と表記する)のA面4曲目(現在のCD版ではtrack-4)に収録されて発表された。まもなくこの曲はアメリカのFMラジオ局で最も頻繁にリクエストされる曲となり、アトランティック・レコードはこの曲をシングルとして発売するよう強い圧力をかけたが、ツェッペリン側は頑として応じなかった。『レッド・ツェッペリン IV』は1990年末までに総計1000万枚の売り上げを達成する大ロングセラーとなったが、このアルバムの売り上げに「天国への階段」が大きく寄与していることは疑いない。
なお演奏時間はLPレコード時代には7分59秒と表記されていたが、CD化されてからは「8分00秒」「8分02秒」等の表記が見られるようになり、一定していない。


ステージ・パフォーマンス
ステージでの演奏は『レッド・ツェッペリン IV』の発売より早く、1971年3月5日、ベルファストのアルスター・ホールで初演(後にペイジは「あまりみんな(観客)はピンとこなかったみたい」と苦笑気味に回想している)。以降、レッド・ツェッペリンの全公演で演奏された。同年の初来日公演でもレコード発売に先んじて披露されている。1975年以降の公演ではコンサートの結びの曲として演奏された。またレッド・ツェッペリン解散後も、1985年のライヴエイド、1988年のアトランティック・レコード40周年記念コンサートなど一時的な再結成が行なわれた際に演奏されているが、プラントがこの曲を歌うことを嫌っているため、近年ではあまり見られなくなった。
なおレッド・ツェッペリンにあっては「ライブでの演奏はスタジオ・バージョンの再現ではない」ことが信条となっており、この曲も例外ではなく、公演年代ごとに少しづつ演奏が変化している。また、プラントが曲の各処で即興の歌詞を挿入するのも通例となっており、特に中間部の「森に笑い声がこだまする」という趣旨の歌詞の後、「みんなは笑い声を覚えているかい?(Does anybody remember laughter?)」と観客に問いかけるものが有名である(映画「レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ」等で確認できる)。


影響と評価
『天国への階段』はレッド・ツェッペリンの最も有名な曲であり、(レッド・ツェッペリン自体そうであったように)ロックファン・ハードロックファンにとって賛否両論の曲である。「ロック史上最高のアンセム」と賛美される一方、「恐ろしく冗長で退屈な曲」と酷評される。ただ、この曲により彼らがその音楽的独自性を確立したことは事実であり、デビュー以来「古いブルースの改悪でリスナーを欺くでっち上げバンド」と彼らを酷評してきた批評家たちも、この曲を聴いては口を閉ざさざるを得なかった。ジョーンズは皮肉っぽく「『レッド・ツェッペリン IV』発売以後は誰も僕らをブラック・サバスとは比較しなくなったよ」と述べている。それまでレッド・ツェッペリンに貼られていた「ヘヴィ・メタル・バンド」というレッテルを振り捨てるのに、この曲はこの上ない働きをしたといえる。
冒頭部のギターによるアルペジオは情感豊かで、かつ技術的にさほど高度ではなく初心者でも比較的簡単に習得できるため、ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフと並んで誰もがコピーするほど有名になった。楽器店でギターの試し弾きをする際に頻繁に用いられるため、店員がすっかり食傷し、店によっては「天国への階段禁止」の掲示を出している(映画「ウェインズ・ワールドWayne's World」には、これを利用したギャグ・シーンがある)。
ロック界以外の音楽業界からも評価が高く、クラシック界の巨匠・ヘルベルト・フォン・カラヤンは「私がオーケストラで演奏するとしてもこれ以上のアレンジを必要としない名曲」(要旨)と絶賛している。
プラントはこの曲の名声が自分の将来までをも拘束することを恐れているらしく、この曲に関して質問されても「あれは成り行きで出来た曲だ」「歌詞に深い意味なんかありはしない」等々そっけない答えしかしない。他方ペイジはソロ活動中しばしばインストロメンタル・アレンジでこの曲を披露しており、作曲者としての誇りを満喫しているようである。二人の作曲者の、両極端な態度は、しかしどちらもこの曲の声価を裏書きするものだといえよう。

悪あがきをいっぱい用意いたしました。



まずは本家です。

仲間内では「かりじゃむ」と言いますね。
ベースの愚連ヒューズのパンタロンの話がメインになりますが(笑)。




やっぱり男はトミーボーリン手抜きギターソロで泣け









Mr. Big - Burn (Deep Purple cover)



Richie Kotzen plays an amazing solo!!



アメリカのジャニーさん、マイクバーニーの息子達は良い子にしていれば食いっぱぐれは無い???



あんま書くと怒られるのでこの辺で。


しかし、上昇スケールのてっぺん部分を良い意味で絶対裏切りますよ、リッチーコッツェンは。





YNGWIE MALMSTEEN - Burn(Deep Purple Cover) , In JAPAN '94




炎のごとく燃え上がる紅の豚、イソギー。


彼の乗れなくなったフェラーリはうちの会社の中古車屋で預かりたかったですが、ドバイあたりに流れていたようです(作り話)。



"Burn / Symphony No.5" - "交響曲 第5 Burn"



ベートーベン交響曲第5番「運命」とディープ・パープル「Burn」のミクスチャー。 葉加瀬太郎率いるクライズラー & カンパニーと、聖飢魔IIのエース清水・ライデン湯沢の共演。




昔タクシードライバーをやっていたときに葉加瀬と高田を広尾で乗せたときに、葉加瀬に手を握られ気持ち悪くなったのを思い出しました。



年寄りの冷や水系 現役ホワイトスネイク 

Whitesnake - Burn / Stormbringer (Live 2005)



結局うれしいのですけどね。
トミーアルドリッチとブライアンメイはカツラ疑惑高し。


こっちの方がみやすいかな?








GYAOでもやってました映像ですね。









Paul Gilbert - Scarified (Guitar Wars)






Live at JB's, Dudley - 04/06/07






(Live in Munich)




やっぱりブイエ(年上の弟子)と一緒じゃなきゃ嫌な人のために。
Bruce Boulliet and Paul Gilbert - Scarified





映像載せられませんがBruce Boulliet の教則ヴィデオ?


G3 2007 の時はブイエにあわせテンポを落としたのでしょうかね?






Colosseum II - Inquisition

途中、アコースティックでの情熱的なギターも入り混じる、コロシアウ(殺しあう)2の代表曲だと思います。







どう聞いても「ペプシマーン」て聞こえるのは私だけ?





浮きぺであより参照(嘘です適当に自分の記憶で)

えっと、グリースレイドのあれが、コロシアムってジョンハインズマンがテンペストでアランホールズワースで気が付いたらにーるまーれいやめてて、ころしあむ2末期なわけですよ。



重鎮、4月の頭?の衛星放送で、昔のバディーガイとかのバックでジャックブルースとやっている映像がありましたね。



しかし、この映像、ドラ4つでしたっけ?


ほこりをかぶったこれの全編ヴィデオが出てきました。











本当はこっちのシークレット・プレイセスという曲が一番好きです。
ギターーソロの入り方がもう、芸離夢亞ならではの男ギターです!!

ブリティッシュロックなめんじゃねえぞ!!

と言わんばかりの映像。




テーマ:お気に入りミュージシャン - ジャンル:音楽

何度聞いても楽しいです。

一番を歌った後の

「カモ~~~ン!!」

のところでカップラーメン吹きだしてしまい、現在目の前のモニターが汚れております。



David Lee Roth Strummin with the Devil







あれですね、バンジョーでのキーボードソロ完コピってのがしびれました。

かろうじて前髪は残っていた時です。


マイクスタンドの振り回し速度は相変わらずですが、ジャンピングはもう限界に・・・・


On an Island 「SMILE」David Gilmour




スタジオライブはこちらです。







デヴィッド・ギルモア CBE(David Gilmour, 1946年3月6日-)は、英国のケンブリッジ出身のミュージシャン、ギタリスト。1968年にプログレッシブ・ロック・バンド、ピンク・フロイドに正式メンバーとして加入。フロイド・サウンドを支えるギタープレイやヴォーカルで活躍する。ピンク・フロイドの他メンバーより2歳年下であるが、元メンバーのシド・バレットとは同い年で、学生時代からの知り合いである。



ピンク・フロイド加入まで
幼少の頃からギターを弾き始め、10代後半で様々なローカル・バンドで活躍するセッション・ミュージシャンとなる。その頃、既にプロデビューしていたピンク・フロイドのシド・バレットが、過剰なドラッグ(LSD)摂取により活動続行が困難な状況になっていた。そこで代わりのギタリストを捜さなければならなくなり、旧友のギルモアに白羽の矢が立てられることとなった。ギルモアは当時、ジョーカーズ・ワイルドというバンドで活動していたが、行き詰まりを見せていたため、既にプロデビューを済ませ、ヒット曲も持っているフロイドへの加入を快諾し、その一員となった。


ピンク・フロイドのメンバーとしての活動
当初の予定では、シドは曲作りやレコーディングで活動してもらい、ギルモアはライブやメディア出演での活動を行うように考えていた(ちょうど、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンのような形にしようとしていた)。しかし、シドの症状はあまりにも酷く、バンドからの脱退(実質は解雇)を余儀なくされる。

フロイド加入後は、ブルースを基本とするギタープレイでバンドの要として活躍していく。決して派手さはないものの、ギルモア独特のハイトーンで叙情的なギター・パートはフロイド・サウンドに欠くことのできない要素となっている。

1987年発表の『鬱』以降は、再始動したピンク・フロイドのリーダーとしてバンドを率い、ベースやキーボードなども演奏している。このように、ギルモアはソングライティングやヴォーカルを含む音楽面の貢献から、バンド内でロジャー・ウォーターズに次いで大きな役割を果たしていた。


ピンク・フロイド以外の活動
ケイト・ブッシュの発掘・デビューに一役買ったことは有名である。デビュー前にケイトの兄から紹介された彼女の歌声に惚れ込み、デモテープ作りからステージ演奏までギルモアが面倒を見ていたほどであった。

80年代からは、フロイド以外にもスタジオ・ミュージシャンとして多くのセッションに参加している。ウイングス、ポール・マッカートニー、ロイ・ハーパー、エルトン・ジョン、スーパートランプ、ドリーム・アカデミー、ポール・ヤング、フィル・マンザネラなどの作品に貢献している。

1978年『David Gilmour』、1984年『About Face』の2枚のソロ・アルバムも発表している。そして、2006年には22年振りとなる最新作『On An Island』を発表し、ソロとしては初となる全英1位を獲得した。

1984年、2002年、2006年にソロ名義のツアーを行っている。2002年、2006年ツアーにはリチャード・ライトが同行している他、2006年5月31日ロンドン公演ではニック・メイスンの飛び入りも確認されている。しかし、依然としてピンク・フロイド再始動に関しては否定的である。

ディスコグラフィ 
『デヴィッド・ギルモア』 David Gilmour (1978)  全英17位・全米29位
『狂気のプロフィール』 About Face (1984)  全英21位・全米32位
『オン・アン・アイランド』 On An Island (2006)  全英1位・全米6位




映像作品
David Gilmour (1984)※日本未発売
『デヴィッド・ギルモア イン・コンサート』 David Gilmour In Concert (2002年)



『ポール・マッカートニー/ライヴ・アット・キャバーン』Live at the Cavern Club (2000年)(ギタリストとして参加)
Uli Jon Roth & Orchestra Playing Vivaldi





究極のギターと謳われるスカイ・ギターの特性を最大限に活かして企画された、30人から成るオーケストラとのコラボレーション。クラシックを基盤に、新解釈で創り上げた天才ギタリストの意欲作。


1. 季節への前奏曲〈ヴィヴァルディ スカイ協奏曲集「四季」 第1番“春”〉
2. 春の訪れ
3. 4月の雨
4. 春の勝利〈第2番“夏”〉
5. 夏風の物語
6. 7月の雷
7. 暴風雨-雷鳴と稲妻〈第3番“秋”〉
8. ケイロンとセレノス
9. 10月の涙
10. アルテミス〈第4番“冬”〉
11. 氷,風,火
12. ヤスナヤのスレイベル
13. 風の戦い〈第5番“メタモルフォシス”〉
14. 雷鳴のカデンツァ
15. 夜の叫び
16. 夏の息吹
17. ロデオ
18. 永遠の別れ
19. 春の幸福
20. ショパンの心
21. 水の妖精の踊り
22. 変容
23. 生命の訪れ〈後奏曲〉
24. 永遠の朝



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